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やどや風の戸 武崎祐子さん

2026.08.27いろんな人と出会って、話して、自分のモチベーションを保ち続けることが一番大事

やどや風の戸 武崎祐子さん

栃木県益子町の益子地区と七井地区の中間に位置する風戸(カザト)地区。幹線道路から少し奥まった、森や畑などに囲まれた宿。「やどや風の戸(かぜのと)」を営む武崎祐子さんにお話を伺います。

『いつか自分も、こんな場所が作れたらいいな』という漠然とした夢

こんにちは。今日はよろしくお願いします。

武崎:よろしくお願いします。自家製のしそジュースを飲んで、ゆっくりしていってください。

やどや風の戸 武崎祐子さん

自家製ですか!ありがとうございます。いただきます。

武崎:うちはいつもこうやって、自家製のものでおもてなしするんですよ。

すごくおいしいですね。それでは早速お聞きしていきたいと思います。そもそも、宿泊業を始めようと思ったきっかけは何だったんですか?

武崎:実はね、若い頃は『仕事を辞めたら居酒屋をやりたいな』なんて適当な夢を持っていたんですよ。
お酒を飲むのが大好きで(笑)。でも私、お酒に弱くてすぐに記憶をなくしちゃうんです。周りからは『あんたは絶対にお金をもらうのを忘れちゃうから、居酒屋はやめた方がいい』って止められて。

やどや風の戸 武崎祐子さん
やどや風の戸 武崎祐子さん

それは愉快なアドバイスですね(笑)。そこからどうして宿の道へ?

武崎:40代から250ccのバイクで一人旅をするようになったのが大きいです。長期休暇にバイクで各地を回る中で、ホテルみたいに高くない、アットホームで小さなお宿に泊まり歩くのが本当に楽しくて。
『いつか自分も、こんな場所が作れたらいいな』という漠然とした夢が、旅を重ねるごとに膨らんでいったんです。

最初は本当に『世間知らず』を痛感

武崎:教員の世界って視野が狭くなりがちでしょう?
だから『社会体験研修』という制度があった時、自ら志願したんです。普通は校長に言われて行くものなんですけど、『行かせてください!』って。それで民間のホテルに3ヶ月勤務しました。

自ら志願してホテルへ。その3ヶ月で得たものは大きかったですか?

武崎:すごかったですよ。ホテルって、お客さんが困っていたら何でもしてあげるんですよね。その『おもてなし』の姿勢は、今の私の原点です。それから50歳を過ぎて、具体的に『何歳で辞めて、いつ開業するか』という計画を立て始めて…2020年、58歳の時に退職を決意しました。年度初めに校長先生との面接で『今年で辞めます』と宣言したんです。でも、いざ準備を始めたら……もう、大変!
消防署への申請、保健所の許可、税務署での青色申告……。最初はガレージを宿にするつもりだったんですけど、許可が下りなくてね。じゃあ、私がガレージの方に住んで、自宅を宿泊用にすればいいじゃない!って(笑)。青色申告とか売上の計算とか、最初は本当に『世間知らず』を痛感して苦労しましたけど、商工会さんに助けてもらってなんとか形になりました。

やどや風の戸 武崎祐子さん

風が通り抜ける心地よさ

やどや風の戸 武崎祐子さん
やどや風の戸 武崎祐子さん
やどや風の戸 武崎祐子さん

『やどや風の戸』というネーミングの由来はなんですか?

武崎:私、あんまり悩まないタイプなんです。最初はちょっとオシャレに『リトルフォレスト』なんて横文字も考えたんですけど、やっぱり私は和風だなって。ここの自治会名が『風戸(かざと)』で、その名前に『の』を一文字入れただけなんですけどね。決めてみたら、地域に根ざしている感じもするし、風が通り抜ける心地よさを連想させるでしょう? 自分の直感を信じてよかったです。

やどや風の戸 武崎祐子さん
やどや風の戸 武崎祐子さん

ロゴも可愛らしいですよね。たしかに風、畑、森……。武崎さんの世界観が詰まっていますよね。

武崎:webデザイナーの太鼓仲間に作ってもらったんです。私が大切にしているものを全部詰め込んでもらいました。このロゴを見るたびに、自分が何を大切にしたいのか、原点に戻れる気がするんです。

『日本の朝ご飯』を出したい

やどや風の戸 武崎祐子さん

この宿のコンセプト・特徴はなんですか?HPには音楽合宿のような使い方もされていると書かれていますが。

武崎:そうですねえ。元々は娘が使っていたグランドピアノが自宅にあって、それを眠らせておくのはもったいないなと思ったのがきっかけです。
でも始めてみたら、娘のバイオリン仲間が合宿に来てくれたり、高校生がコンクール前に練習に来たり。
宿泊だけじゃなくて、昼間はスタジオレンタルもしているんです。知り合いの音楽家を招いて、リビングでミニコンサートやライブをしたり、それから、リトミック教室の先生が使ってくださる時は、お子さんと親御さんで家中がワイワイ賑やかで・・・・・・私自身が一番元気をもらっているかもしれません(笑)

やどや風の戸 武崎祐子さん
やどや風の戸 武崎祐子さん

へ~!なかなかこの辺ではないですよね。音楽がまさにこの宿ならではの強みですよね。楽しそう!

武崎:それから、うちは夕食を出さない代わりに、町内の飲食店までお客さんを送迎しているんです。
そうすれば、お客さんは安心してお酒を飲めるでしょう?益子の町にお金が落ちて、少しでも地域が活気づけばいいなと思って。
これ、一人で営む私にとっても無理がないし、お客様に喜んでもらえるのはもちろん、街の飲食店さんにもお客様を繋げる。私なりの『益子への恩返し』というか、おもてなしの形っていうのかなあ。

それは喜ばれるサービスですね。朝食にもこだわっているんですよね。HPでは、自家農園の野菜を使っているって書かれていますが。

武崎:町の創業補助金のプレゼンでも話したんだけど、『ザ・日本の朝ご飯』を出したいんです。
自分自身、教員時代は朝をしっかり食べないと一日力が湧かない人間だったので。
農家だった実家のお米と、目の前の畑で私が育てた10種類以上の野菜や家の周りで採った旬の三つ葉やミョウガを添えて、彩り豊かに。
忙しい日常を過ごしているお客様に、朝食をしっかり食べて元気に出発してほしいという気持ちで作っています。
そして、お土産に畑の野菜を差し上げると、皆さん本当にいい笑顔を見せてくれるんですよ。

やどや風の戸 武崎祐子さん

でも朝食にそれだけのこだわりを持つということは朝は相当早いんじゃないですか。

武崎:そうなんですよ。完全に朝型人間になりました。(笑)

『今すぐやらないと』って思うんです。迷っている暇はありません

やどや風の戸 武崎祐子さん

それでは、武崎さんの人柄についても聞いていきたいと思います。
バイクに和太鼓、山登り……。すごいアクティブですよね。バイクは一人で?

武崎:四国お遍路は退職してすぐに行きました。始まってすぐにコロナが流行して。色々大変でしたけど、やり遂げました。
バイクは一人旅です。この前は北海道行ってきました。大体は東日本であまり西のほうには行かないかな。
山登りも含め、自然の中に身を置くのがとにかく好きなんです。尾瀬には20回くらい行きましたし、屋久島も2回、富士山も。2年前は男体山にも行きました。それと益子の雨巻山はよく行っています。ちょっと前はご来光を見るのにはまった時期もあって・・・・・・。
それから週に一度、和太鼓(益子天人疾風の会)の練習と祭りの季節はおはやしの練習。昔々、大晦日の夜には、西明寺で太鼓を叩いたこともありました。めっちゃ寒いから、出番の前に日本酒を少し飲んで体を温めたりして。おおらかな時代でした(笑)。私たちのチームで太鼓一緒にやりませんか!絶賛募集中ですから。

いやいや、私には無理ですよ!(笑)。でも、ほんとアクティブですよね。大晦日の西明寺での太鼓演奏は私も見たことあります。お話を聞いているとこちらまで元気にさせてくれますね。

武崎:若かったら『いつかやりたい』でいいけど、私の歳になると『今すぐやらないと』って思うんです。迷っている暇はありませんから。やっぱり、自分の年齢を意識しますよね。やりたいと思っても、身体が動く期間は限られているし。15年前の自分を思い返すと、つい最近のことのように感じるでしょ?ということは、これからの15年もあっという間に過ぎ去ってしまう。残された時間は決して長くはないということだから・・・・・・。『やりたい』と思った瞬間に動かないと、絶対に後悔する。だから、仲間から『そろそろ引退?』なんて言われても、『いや、限界まで行くか!』って思っちゃうんです(笑)。目標は、まず80歳までこの宿を続けることかな。それには体力も必要ですけど、それだけではだめでしょ。いろんな人と出会って、話して、自分のモチベーションを保ち続けることが一番大事だと思っています。

なるほど(相槌)。大切なことですね。

武崎:おかげさまでリピーターさんも増えて、おしゃべりを通して、共に人生を楽しむ仲間のような感覚になってきてます。だから、帰る時は必ず一緒に写真を撮って、『いってらっしゃい』と送り出します。また戻ってきてくれた時、その写真を見返して『ああ、あの方だ!』って再会を喜ぶのが、何よりの幸せ。

へ~写真に収めるんですか!いろいろなエピソードもあるんでしょうね(笑)。今日は貴重なお時間、本当にありがとうございました。

武崎:こちらこそ! ありがとうございました。

  • 聴き手:谷島賢一 益子町商工会 経営指導員