益子WEBビレッジ益子で生きる、益子を活かす
お店とヒトの魅力発見サイト

ピックアップ店舗

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

2026.02.05「五郎さんが、不便な中で知恵を絞り、人との繋がりを大切にして生きていたように」

益子町の中心部から少し離れた、静かな空気が流れる道祖土(サヤド)地区。そこには、時計の針がゆっくりと進むような、穏やかな時間が流れる場所があります。ミニホテル「益古時計(ましこどけい)」。オーナーの神田智規(かんだとものり)氏がこの地で宿を始めてから、約20年の歳月が流れました。
商工会の経営指導員の加藤は、取材を終えて、地域経済において事業者の「想い」に寄り添う伴走支援がなぜ重要なのか、一つの答えを教えてもらったような気持ちになりました。
神田氏のこれまでの歩みと、その独自の生き方から、益子という町の魅力とこの地域のこれからのビジネスの在り方を探ります。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

1. 「夕食を出さない」という選択が、町の景色を豊かにする

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: 今日は改めてよろしくお願いします。益古時計さんにお邪魔していますが、ここは本当に落ち着く空間ですね。改めて伺いたいのですが、神田さんは「B&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)」というスタイル、つまり夕食を出さずに朝食のみを提供する形で営業されています。ペンションといえば1泊2食付が主流だった時代に、このスタイルを選ばれた一番の理由は何だったのでしょうか。

神田: そうですね……まあ、そんなにあらたまって聞かれると照れますけど(笑)。一番は「気軽に泊まってほしい」という思いがあります。どうしても1泊2食だと、料金も高くなってしまいますし、時間も縛られてしまう。B&Bなら、もっと自由に、その人のペースで益子を楽しんでもらえるんじゃないかと思ったんです。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: なるほど。「宿で完結させない」という選択ですね。

神田: ええ、まさに。せっかく益子に来たのなら、この町の飲食店を自由にセレクトして楽しんでもらいたいんですよ。和食から洋食まで、本当に魅力的なお店がたくさんありますから。「今日は田舎うどんがいいな」とか「お酒をゆっくり楽しみたいな」とか、その日の気分でお客さんが選ぶ自由がある方が、旅としては豊かですよね。それが結果的に、町全体の活気にも繋がりますし。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: 神田さんが宿泊客の方によくお薦めされているお店は、具体的にどのあたりですか?

神田: どこも良いところですが、近いところだと「いろり茶屋」さん。あそこは本当に、おうどんが美味しい。あとは創作料理の「暁(あかつき)」さん。人気ですよね。最近だと、クラフトビールの 「Mingel(ミンゲル)」さんがすぐ近くにできたので、歩いて飲みに行ける。これって宿泊客の方にはものすごく喜ばれるんですよ。他にも「キッチン絵里珈(エリカ)」さんや、予約制ですけど「茶力経ヶ坂」さんがやっている「焼肉ましこ」も歩ける距離。最近できた「SAYADO Grill(サヤドグリル)」さんもいい。
宿の夕食だと時間が18時、19時って決まっちゃいますけど、外食なら自由です。

加藤: その「自由度」は、今の旅行者のニーズに合致していますよね。特に金曜日などは、都内から仕事終わりにいらっしゃる方も多いでしょうし。

神田: そうなんです。仕事が終わってから車を走らせてくると、どうしても到着が遅くなる。そんな時、B&Bスタイルなら遅いチェックインでも対応できるし、途中で食べてきてもらってもいい。平日はビジネス利用に近い、シングルでお泊まりになる方も結構いらっしゃるんですよ。

加藤: 自分の宿だけで利益を囲い込むのではなく、周辺のお店と共存共栄する。その「おせっかいにならないこだわり」が、益子の夜の景色を豊かにしているんですね。その分、朝食にはかなり力を入れていると伺っています。

神田: ええ。朝食は「パンとスープ」か「ご飯とお味噌汁」を選べるようにしています。おかずも基本的には益子の食材を使って、奥さんが手作りしています。そして何より、益子焼の器で提供すること。器の力に助けられている部分は大きいですよ(笑)。見た目の美しさも美味しさの一部ですから。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)朝食
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

2. 不便かもしれないけれど、その分、感性が研ぎ澄まされる贅沢

加藤: 以前、私もこちらに泊まった時に強烈に印象に残っているのが、夜の「暗さ」なんです。

神田: ああ、そうでしょう(笑)。道祖土のこのあたりは、街灯が本当に少ないですからね。

加藤: 最初は少し怖さを感じるくらいの暗闇でした。でも、ふと見上げると星空が信じられないくらい近くて、綺麗で。

神田: そこなんですよ。客室の案内の裏側にも書いているんですけど、「だからこそ星が綺麗なんです、のんびりしてください」って。都会の人にとっては、この何もない暗闇こそが、最高の贅沢になるんじゃないかなと思っていて。

加藤: 特別感のある暗闇と不思議な自然の音、忘れられません。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

神田: ええ(深く頷く)。夜、どこから聞こえてくるかわからない動物の足音や、風が木々を揺らす音、そして圧倒的な静寂。これを「異世界に来たみたいだ」と言って喜んでくださるお客さんは多いですね。街灯を増やして便利にするんじゃなくて、この暗さを守ることが、この場所の価値なんです。不便かもしれないけれど、その分、感性が研ぎ澄まされる。そういう体験を、益古時計では大切にしたいんです。

加藤: 確かに、あの静寂の中で過ごすと、自分自身と向き合う時間が持てる気がします。日常の喧騒を完全に忘れさせてくれる「異世界感」こそ、今の時代に求められている癒やしですね。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

3. かつての仲間が独立して、今度はパートナーとして一緒に朝食を作り上げる

加藤: 益古時計さんの敷地内には、素敵なパン屋さん「日々舎(にちにちしゃ)」さんもありますよね。いつも香ばしい良い香りが漂っていて、宿の雰囲気ともぴったりです。

日々舎(にちにちしゃ)
日々舎(にちにちしゃ)
日々舎(にちにちしゃ)
日々舎(にちにちしゃ)

神田: 日々舎さんね。オーナーの池ちゃん(池田さん)とは、もう20年近い付き合いになるかな。彼女が益子に移住してくるきっかけから知っているんですよ。

加藤: ええっ、そんな前からですか!

神田: そうなんです。彼女、元々は「スターネット(※益子にある人気のライフスタイルショップ)」で働きたくて益子に来たんですけど、その面接のために最初に泊まったのが、うち(益古時計)だったんです。そこからの縁で、彼女が妊娠している時期にはうちでアルバイトをしてくれたり、その後は観光協会の事務局で働いたりと、ずっと近くにいて。

加藤: まさに神田さんが見守ってきた「益子の仲間」なんですね。

神田: そう。それで彼女が「やっぱり自分のパン屋をやりたい」というタイミングで、ちょうど敷地内で営業していた「えみぱん」さんが独立して別の場所に移ることになって、物件が空いたんです。「じゃあ、池ちゃんがやりなよ」って。

加藤: なるほど。単なる大家と店主の関係ではなく、これまでの信頼の積み重ねがあったからこその入居だった。

神田: 今、益古時計の朝食で出しているパンは、日々舎さんにうちの朝食用としてオリジナルで作ってもらっているんです。かつての仲間が独立して、今度はパートナーとして一緒に朝食を作り上げる。こういう「循環型」のコミュニティが敷地内にあるのは、僕にとってもすごく心強いことですね。

日々舎(にちにちしゃ)
日々舎(にちにちしゃ)
日々舎(にちにちしゃ)

4. 24歳の決断と「北の国から」への憧憬

加藤: 神田さんご自身も、元々益子の方ではないんですよね。富山県のご出身と伺っていますが、どのような経緯でこの地へ?

神田: はい、富山です。実家はごく普通のサラリーマン家庭でした。若い頃は東京の映像関係の専門学校へ行って、テレビ番組の制作関係の仕事をしていました。でも、東京で一生やっていく自分の将来が、どうしてもイメージできなかったというか……。

加藤: そこからなぜ、宿泊業という全く別の道へ?

神田: 実は、僕はものすごい「北の国から」のファンで(笑)。倉本聰さんの世界観、あの五郎さんのような暮らしにずっと憧れていたんです。それで北海道の富良野に何度も通っているうちに、たまたま泊まったペンションがすごく素敵で。「いつか自分も、こんな場所でペンションをやりたい」というのが、人生の夢になりました。

加藤: 直感的な憧れが原点だったんですね。でも、20代で宿を持つのは現実的にかなりハードルが高いはずです。

神田: ええ、お金なんて全くありませんでした。そんな時に、たまたま雑誌で「ペンションコンサルタント」という存在を知りましてね。そこで相談したら、「いきなり建てるのは無理だから、まずは実績を作りなさい。関東近郊でペンションを一軒借りて、4年間経営して、数字を作れば銀行融資が降りるようになる。それから北海道へ行きなさい」とアドバイスを受けたんです。

加藤: コンサルタントからのアドバイスらしい、戦略的で現実的なステップですね。

神田: それで紹介されたのが、益子の「ペンション しいの木(現・テラスしいの木)」でした。2001年の暮れ、24歳の時です。オーナーから建物を借りて、家賃を払って自分で経営する。今思えば、24歳の若者がよくそんな決断をしたなと思いますけど、当時は若さゆえの勢いで、何も考えていなかったんでしょうね(笑)。

加藤: その4年間の「修行」が、神田さんの経営者としての骨格を作ったわけですね。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

5. 「好きこそもの」の精神で、何もない場所に灯をともす

加藤: 「しいの木」での4年間は、どのような経験でしたか?

神田: 当時は子供もいなかったし、とにかくやることなすことが新鮮で楽しかったですね。「しいの木」は1泊2食のスタイルで、料理もしっかり出していました。でも、やっていくうちに「もっとこうしたい」という自分の理想が形になってきて。結局、1年か2年経った頃には「北海道じゃなくて、益子で自分の宿を建てよう」と心に決めていました。

加藤: 北海道という当初の目的を上回る魅力が、益子にあったと。

神田: 益子の人たちが面白かったんです。特に陶芸家さんたち。サラリーマン家庭で育った僕にとって、自分の作ったもので、自分の足で立って生きている彼らの暮らしは、本当に自由で刺激的でした。この人たちと一緒に何かやりたい、ここで生きていきたい、と強く思わされました。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: それで、修行を終えた2005年に、現在の「益古時計」を立ち上げるわけですね。

神田: はい。ここ、元々はブドウ畑だった場所なんです。中心地からも離れているし、駅からも遠い。周りからは「そんな場所で宿なんてやっていけるのか」と言われました。でも、僕は逆に「ライバルがいない」と思ったんです。温泉街でもない益子で、あえて不便な場所を選ぶ。それは「しいの木」での経験から、この静けさこそが価値になると分かっていたからです。

加藤: この場所は、通りからは見えないし、益子駅からも遠い。かと言って、宿泊者が辿り着けないほどの山の中、という訳でもないですよね。とても静かな場所ですが、不便過ぎないというか。まさに神田さんの「心地よさの追求」なんですね。

神田: 28歳か29歳の頃かな。土地を買って建物を建てるという一大決心でしたけど、今振り返れば、若かったからこそ自分の感覚を信じて突っ走れたんだと思います。

6. イベントが終わった後の「日常」が少しでも良くなること

加藤: 神田さんの活動は宿屋の枠を超えて、町全体へと広がっていますよね。町内の様々なイベントで、気が付くと神田さんの姿を見ると言うか。しかも、決まって準備段取りの「裏方」で頑張っていらっしゃるイメージがあります。

神田: 気がつけば「イベント屋」みたいに思われていた時期もありましたね(笑)。きっかけは2010年の「益子土曜市(のちの朝市)」です。当時、益子には素敵なお店が増えていたけれど、飲食店同士って自分の店の営業があるから、意外と横の繋がりがなかったんです。顔は知っているけど、ゆっくり話したことはない、みたいな。

加藤: それがもったいない、と感じたわけですね。

神田: そう。だから、飲食店同士が繋がれる場を作りたくて、「一緒にマルシェをやりませんか」と声をかけたんです。当時はまだ「マルシェ」という言葉も一般的ではありませんでした。開催場所も紆余曲折あって、最初はここ、益古時計の庭で始めたんですよ。その後、毎月開催しながら、場所を移しながら、「益子朝市」は広がって行って。気づけば「道の駅ましこ」の立ち上げ企画にも加わって。朝市のアイディアは道の駅ましこの色々な企画に繋がっていきました。

加藤: 実は神田さんは、道の駅ましこの初代支配人まで勤めたのでしたね。

神田: 話は前後しますが、2011年。あの東日本大震災の直後に行われた「益子市」は、町にとって特別なイベントになりました。震災で観光客が途絶え、町全体が沈んでいた時期でした。
元々「飲食店とクラフトを掛け合わせた大きなイベントをやりたい」という構想はあったんです。それを形にしたのが「益子市」。NHKが全国中継してくれたこともあって、驚くほどたくさんの方が来てくれました。
この企画は2011年~2013年まで、参考館(※濱田庄司記念 益子参考館)で行ったクラフトフェア&マルシェイベントです。それがその後の「益子夜市(ましこよいち)」や「登り窯プロジェクト」に繋がっています。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: 「夜市(よいち)」は今も続く益子の夏の風物詩ですね。
益子朝市、益子市があった流れでの、「夜市(よいち)」なんですか!気づかなかった!「登り窯プロジェクト」も、つい先日、日本遺産「かさましこ」の文脈で復活開催されましたよね。
登り窯を実際に窯焚きする、益子にとってとても重要な文化・技術を繋げるプロジェクトだと聞いています。

神田: そうそう。でも、僕がその時も今もずっと言い続けているのは、「一過性の儲けのためだけのイベントはやりたくない」ということなんです。

加藤: と、言うと、どういう事ですか?

神田: イベントはあくまで「きっかけ」に過ぎません。その瞬間の「打ち上げ花火」は重要ではなくて、そこで飲食店同士が繋がり、お客さんに普段のお店を知ってもらう。イベントが終わった後の「日常」が少しでも良くなることが目的なんです。「ましこ夜市」も、道の駅ましこの初代支配人としての仕事も、根底にあるのは全部同じ。「みんなで楽しみたい、この町を良くしたい」という思いだけなんです。

7. 五郎さんが、不便な中で知恵を絞り、人との繋がりを大切にして生きていたように

加藤: 神田さんのお話を伺っていると、常に視点が「自分」ではなく「町全体」にあることに驚かされます。そして並々ならぬ実行力。そのバイタリティの源泉は何なのでしょうか。

神田: それはたぶん、僕が「よそ者」だからかもしれません。富山から来た僕を、益子の人たちは温かく迎え入れてくれた。その感謝の気持ちがずっと根底にあるんです。だから、この町に恩返しがしたい。それに、宿泊業をやっていて痛感するのは、「地域全体が良くならない限り、自分の商売も良くならない」という極めて現実的な事実なんです。

加藤: まさに、持続可能な地域ビジネスの本質ですね。

神田: お客さんは「益古時計に泊まること」だけを目的に来るわけではありません。「益子という町」を楽しみたくて来て、その滞在先としてうちを選んでくれる。だったら、町に魅力的な飲食店が増え、楽しいイベントがあり、活気があることの方が、巡り巡ってうちの利益になるんです。目先の小さな利益を奪い合うのではなく、町という大きな「御膳」をみんなで美味しくしていく。そうすれば、その一角にあるうちのお皿も、自然と輝きを増すんです。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)

加藤: 目先の利益ではなく、遠い未来の大きな利益。それを神田さんは「回り回る利益」と呼んでいますね。

神田: ええ。かっこいい言い方ですけどね(笑)。でも、本当にそう思っています。10年後、20年後にこの町が今よりもっと良くなっていて、その中で僕も楽しく商売を続けていられたら、それが一番の成功です。儲けるためだけのイベントや、自分の利益だけを囲い込む商売は、結局は長続きしません。北の国からの五郎さんが、不便な中で知恵を絞り、人との繋がりを大切にして生きていたように、僕もこの益子の土の上で、地道に日常を耕していきたいんです。

加藤: 神田さんの哲学、そして軽やかな行動力にはいつも勇気をもらいます。私もこれからも、神田さんのような熱い想いを持った事業者の皆さんの「伴走者」として、全力で、楽しみつつ共に歩み続けていきますよ。

神田: (晴れやかな笑顔で)ありがとうございます。加藤さんたちがいてくれるから、僕も安心して新しいことに挑戦できます。これからも、益子を面白くしていきましょう。よろしくお願いします。

加藤: こちらこそ、よろしくお願いします。今日は本当にありがとうございました。

ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)
ミニホテル 益古時計(ましこどけい)