益子で生きる、益子を活かす
栃木県益子町。陶芸の街として名高いこの地には、特有の時間が流れている。人々はそれを「益子時間」と呼ぶ。穏やかで、どこか土の匂いがするその空気の中にある「益子のスープ屋Trois(トロワ)」の吉田祐幸氏に、商工会2年目の若手職員である手嶋がお話を伺いました。
手嶋: いやあ、こうして改めて向き合って話すとなると、なんだか緊張しますね(笑)。吉田さんには益子町商工会青年部の副部長としてもイベントを盛り上げてもらっていて、カレーや焼き飯でみんなの胃袋を掴んでいます。今日は改めて、『Trois』のオーナーとしての顔をじっくり見せて頂きたいと思います。
吉田: いつもの雑談の延長で良ければ(笑)。こちらこそよろしくお願いします。
手嶋: さっそくですが、Troisとして「これだけは食べてほしい」という一押しを挙げるとしたら、何でしょうか?
吉田: そうですね……。やっぱり「丸ごと人参のポタージュ」ですね。うちのポタージュは普通のスープとは作り方がだいぶ……いや、根本から違っているんです。だから「他では味わえない」という自負はありますね。
手嶋: その「違い」をぜひ教えてください。家庭で作るポタージュや、他のお店のものと、決定的に何が違うんでしょう?
吉田: ベースにしているのは、フレンチの「グラッセ」という技法なんです。ハンバーグの付け合わせに出てくる、あの甘い人参、分かりますか?
手嶋: はい、分かります。ツヤっとしていて、甘みが凝縮されているあの人参ですよね。
吉田: あれを作る工程を、そのままスープのベースにしているんです。人参をバターでじっくり炒めて、砂糖とブイヨンで煮込んでいく。でも、ただ甘くしたいわけじゃないんです。
手嶋: 甘さだけではない?
吉田: はい。グラッセの技法を応用することで、素材の旨味を極限まで閉じ込められる。そうすることで、スープにした時の「艶」や「コク」が格段に変わるんです。飲むというより、人参のエネルギーをそのままいただくような感覚に近いかもしれません。
手嶋: 艶とコク……。確かに、吉田さんのスープは見た目からして輝きが違いますよね。
吉田: 一般的には、じゃがいもを使ってとろみを出しているところも多いんですけど、うちは基本的に人参そのものと玉ねぎだけで作っています。とろみで誤魔化さず、素材本来の力強さを感じてほしい。だから、使う野菜の量も半端じゃないんですよ(笑)。
手嶋: (驚きながら)それは手間もコストもかかりますね。そのこだわりというか、レシピのルーツはどこにあるんですか?
吉田: これは、昔働いていた新宿のフレンチレストランでの経験がベースになっています。そこで学んだ基礎や哲学が、今の僕の根っこにあるんですよね。当時の厳しさが、今の「妥協できない」自分を作っているというか。
手嶋: 新宿のフレンチ! 華やかな世界にいたんですね。でも、吉田さんはもともと茨城県のご出身ですよね?そこから新宿を経て、なぜこの益子という土地に辿り着いたのか、ずっと気になっていたんです。
吉田: 実は、最初から「絶対に飲食で成功してやる!」という強い野心があったわけじゃないんです。バイトをしてみたら「あ、楽しいな」と思って。そこから、自分でも何か作れるようになりたいな……っていう、そんな自然な始まりだったんですよ。
手嶋: 意外です。もっとストイックに最初から料理の道一筋かと思っていました。
吉田: 全然(笑)。でも、新宿の店に入ってからは必死でした。終電まで厨房に閉じこもって、ひたすら仕込みと調理の毎日。今振り返ると、あの頃はどんどん「陰(いん)」になっていくような感覚がありました。人との関わりも、業者さんと「これ安くならないの?」なんて殺伐とした会話をするくらいで。
手嶋: 都会の厨房の、閉ざされた空間の中にいたんですね。
吉田: ええ。そこから紆余曲折あって、一度茨城に戻って働いていた時に、ある先輩との出会いがあったんです。その先輩に「栃木で新しい宴会場ができるから、シェフを目指してこっちに来い」って。半ば強制的に(笑)。
手嶋: 半ば強制的に(笑)。でも、それを受け入れたのはなぜだったんですか?
吉田: タイミングだったんでしょうね。ちょうどその頃、妻も職場での人間関係に悩んでいて。僕が「栃木に行こうと思うんだけど」と相談したら、「いいよね、行こうか」って即答してくれた。彼女の後押しがなければ、今の僕はここにいないと思います。
手嶋: ご夫婦のタイミングが重なって、導かれるように栃木へ。それで、益子のこの店舗に出会ったわけですね。
吉田: 本当に縁ですよ。たまたまこの場所を見つけて、オーナーさんとお話しして。でも、最初はスープ屋なんて全く考えていなかったんです。テイクアウトで何か食事を出そうかな、くらいで。
手嶋: 今はサンドイッチも出されていますけど、なぜスープをメインに据えるという決断をしたんですか?
吉田: 結局のところ、自分が一番何を表現したいかを突き詰めたら、「野菜が好きだ」っていう想いに辿り着いたんです。メニューを見てもらえれば分かる通り、白菜、ごぼう、玉ねぎ、カブ……うちのスープは野菜が主役。野菜を愛でるための料理なんです。
手嶋: 確かに、季節ごとにガラッとラインナップが変わりますよね。
吉田: 益子に来て驚いたのは、農業のポテンシャルです。特に道の駅に並ぶ野菜が本当に綺麗で。土が良いんでしょうね、力強さが違う。この素晴らしい野菜たちを、一番贅沢に味わってもらうにはどうすればいいか。そう考えた時に、ポタージュという形が浮かんだんです。
手嶋: でも、ビジネスとして考えた時、スープ一本で勝負するのは勇気が要りませんか?
吉田: 戦略的な視点ももちろんありましたよ。『Soup Stock Tokyo』さんのような、具材をゴロゴロ入れて「食べる」タイプのスープは既に完成されている。そこに僕が同じ土俵で挑んでも、埋もれてしまうだけです。
手嶋: 大手との差別化ですね。
吉田: はい。僕はフレンチで培った「素材を凝縮させるポタージュ」の技術を持っている。この専門性を突き詰めたほうが、地方でも生き残っていけるんじゃないか、と。それに、ポタージュは一度に使う野菜の量が凄まじいんです。飲食店で玉ねぎを数キロ使うことはあっても、スープ屋ならその数倍を消費する。これって、地元の農業を支えることにも繋がるんじゃないかと思ったんです。
手嶋: なるほど。一杯のスープが、地元の農家さんへの貢献にもなる。社会的意義のあるビジネスモデルですね。
吉田: でも、この小さな店舗で待っているだけじゃ、広がりはありません。だから僕は、自分から外に出ることにしたんです。イベントに出店したり、SNSを活用したり。益子の「益子時間」という、ゆったりした空気感は大好きですけど、そこに甘んじちゃいけない。窓を開けて、外の風を感じながら、自ら発信していくことが重要だと思っています。
手嶋: 最近は農家さんの畑へ直接足を運ぶことも増えたとお聞きしました。現地に行くと、やはり刺激を受けますか?
吉田: 全然違いますね。道の駅で発注して届けてもらうのも便利ですけど、畑に行って直接お話しすると、農家さんの「溢れ出る熱量」が直に伝わってくる。その熱に触れると、「あ、この野菜を使って、こんな面白い調理ができるんじゃないか」って、新しいアイデアが次々に湧いてくるんです。
手嶋: まさにインスピレーションの源泉なんですね。
吉田: 例えば、さくら市の人参。田んぼの土壌で育ったそれは、驚くほどフレッシュで、まるでサラダ感覚で食べられる。そういう発見が、火の入れ方や味の組み立てを変えるんです。品種の知識以上に、その土地の物語を聞くことが、料理に深みを与えてくれる。
手嶋: 新宿の厨房に閉じこもっていた頃にはなかった感覚でしょうね。
吉田: 本当にそうですね(苦笑)。以前は、食材は「届くもの」でした。でも今は、食材は「人から預かるもの」になった。農家さんや青年部の仲間と関わることで、料理人としても、一人の人間としても成長させてもらっている実感があります。人との関わりが、そのまま仕事の喜び、生きがいに直結しているんです。
手嶋: 吉田さんはイベント出店にも精力的ですが、9月の「GREEN PICNIC FESTIVAL※」のようなイベントで見せる表情は、店にいる時とはまた違って楽しそうですよね。(※Nioki with AMKUPiの金子さんが主催した1周年イベント。詳細はこちら)
吉田: ああいう場、大好きなんです。今の時代、飲食イベントって正直、出尽くしていると思うんですよ。「〇〇フェス」とか、形式が決まったものが多すぎる。
手嶋: まあ、集客重視になると、どうしても似通ってきますよね。
吉田: だからこそ、あえて「大きな成功」を狙いすぎない自由さを大切にしたい。仲間内で「これ面白そうじゃん!」とパッと始めてみる。9月のイベントも、歌って踊って、隣の人と「どこから来たんですか?」って自然に会話が生まれる、あの温かい空気感。あれこそが僕が求めていた自由です。
手嶋: 「成功も失敗もない」という言葉、印象的でした。
吉田: そうなんです。自分の中に「これは譲れない」という芯が一本通っていれば、あとはどう転んでも面白い。重く考えすぎず、でも商品は自分のこだわりを一点集中で守り抜く。この遊び心があるからこそ、ありきたりじゃない、誰かの心に残る何かが生まれるんだと信じています。
手嶋: 仲間と作る「場」そのものが、吉田さんにとっては一つの作品なのかもしれませんね。
手嶋: お店もいよいよ4年目に入りますね。最近は県外との取引や、新しい事業も動き出しているとか。
吉田: はい。全国商工会連合会主催の『バイヤーズ・ワン』に応募したご縁で、ちょうど今月から埼玉県での取引が始まろうとしています。順風満帆とはいきませんが、それもまた学びだと思って楽しんでいます。他にもレトルト加工の依頼が増えていて、今はトマト農家さんのジャムやソースの加工を請け負ったりしています。
手嶋: スープの可能性が、レトルトという形で全国へ広がっていく。ワクワクしますね。
吉田: (力強く頷きながら)損得だけで考えたら「やめておこう」となることも、世の中にはたくさんあります。でも、やってみないと分からないことの方が多い。たとえ計算上で損だと分かっていても、動くことで得られる経験は、何物にも代えがたい「学びの投資」なんです。そこで立ち止まってしまうと、自分の世界がどんどん狭まってしまう。
手嶋: 「まず自分で動く」。その潔さが、今の吉田さんを作っているんですね。
吉田: 益子という拠点を大切に守りながら、SNSを通じて、全国の方にうちのスープを知ってもらいたい。動いていれば、必ず誰かが助けてくれる。道は開けるんだと、この3年間で確信しました。
手嶋: その挑戦し続ける姿勢、全力で応援させてください。4年目、一緒に益子を盛り上げていきましょう!
吉田: はい、頑張ります! これからも、よろしくお願いします。
手嶋: こちらこそ! 今日は本当にありがとうございました。
