益子で生きる、益子を活かす
栃木県益子町の、町の中心部から車で十数分。賑わいを抜けた先にある大沢地区は、山々の稜線が美しく、時間が止まったかのような静寂に包まれています。この里山の風景に溶け込むように建つ一軒の古民家が、金子朱々佳氏の営む「nioki
with AMKUPi(ニウーキ ウィズ アムクピ)」です。
商工会経営指導員の加藤は、金子氏が創業の相談に訪れた日から今日まで、その歩みを近くで見てきました。彼女の立ち居振る舞いには、ある種の静かな凄みが感じられます。
本対談は、穏やかな微笑みの奥にある、何があっても退かない決断力を浮き彫りにしました。
加藤:
金子さん、今日はお忙しい中お時間をいただきありがとうございます。こうしてお店の中に座ってお話ししていると、初めて商工会に来てくださった時のことを思い出しますね。
今や全国にファンを持つ、隠れた人気ブランドになりました。まずは改めて、なぜこの益子の地を選び、移住という大きな決断を下したのか、そこから伺わせてください。
金子: よろしくお願いします。そうですね、加藤さんには本当によく支えていただいて。私は栃木県宇都宮市の出身で、益子という場所は子どもの頃は家族で陶器市に来たり、母に連れられてカフェ巡りをしたりしていました。ただ、当時はあくまで「遊びに来る場所」であって、自分がここで商いをするなんて想像もしていませんでした。大学進学で上京してからは、就職、結婚とずっと首都圏で慌ただしく過ごしていましたので。
加藤: 都会の真ん中でキャリアを積まれていた金子さんが、なぜ「地方」へと目を向けたのでしょうか。そこには、コロナ禍という大きな社会変容があったと伺っています。
金子: はい。4年前、コロナ禍に突入したことで、私と夫、二人とも強制的にリモートワークになったんです。それまでは「会社に通える距離」に住むのが当たり前でしたが、ふと気づくと、一日中パソコンに向かっている。その時、「あれ、今ここに縛られている必要はないんじゃないか?」という疑問が湧いてきたんです。
加藤: 社会の仕組みが変わり、暮らしの前提が崩れた瞬間ですね。
金子: そうなんです。元々、私も夫も地方都市の出身で。いつかは、広いお庭があって、季節の移ろいを感じられる場所でのんびり暮らしたい、という漠然とした憧れは持っていて。それがコロナ禍によって「遠い未来の話」から「現実的な選択肢」に変わったんです。
加藤: なるほど。しかし、移住先として益子を選ぶまでには、他にも候補地があったのではないですか?
金子: ええ。実は、最初は九州や四国もいいよね、なんて夫と話していたんです。でも、いざ現実的に考えると、たまに都内へ通う必要も出てくる。そうなった時浮かんできたのが、あの里山の風景が美しい益子でした。
加藤: 多方面に、具体的な物件探しを始められたのですか。
金子: はい。色々な地域の移住を検討したのですが、理想の物件にはなかなか出会えませんでした。私たちは「ただ住めればいい」のではなく、のびのびと暮らせる場所を求めていたので。地価の高い人気の地域だと、どうしても区画が狭くなってしまう。そんな時に、ふと目に入ったのが「空き家バンク」に載っていたこの益子町大沢の物件でした。
加藤: 最初にここを訪れた時の印象はどうでしたか?
金子: 広い庭があって、すごくいいなあ、と思いました。新しい可能性が広がりそうなワクワクがありました。
加藤: 今、金子さんが作られているお洋服や、このお店の洗練された空間だけを見ていると、昔からずっとクリエイティブな世界にいらしたように見えます。ここに至るまでのキャリアを伺えますか?
金子: 1社目は飲食業だったのですが、とにかく低賃金で朝から晩まで立ちっぱなしで働きましたね。大学時代に空間デザインの学校でダブルスクールした経験を生かして、ゆくゆくは企画に入りたかったんです。
加藤: お洒落なカフェの裏側も、まさに体力勝負の世界ですからね。
金子: はい。でも1年ほど経った頃、ついに体が悲鳴を上げてしまって、一度立ち止まることになりました。そこで2社目に選んだのが、広告代理店の新規営業職でした。私、仕事ではここで初めてパソコンに触れたんですよ。メールを初めて送ったり(笑)。
加藤: そうなんですね。
金子: 毎日営業先を調べては、片っ端からテレアポをして。断られても断られても、次をかける。ようやくアポがとれた先に訪問をして、少しずつ関係性を構築して。コツコツ地道に積み上げていきました。
加藤: 「数字」を追うことへの責任感も、その時期に培われたのでしょうか。
金子: そうですね。営業は数字がすべてですから。自分が頑張ったことが数字として表れるのは、分かりやすいですし嬉しかったですね。その後、長く働ける仕事をしたい、と考えて3社目のヘルスケア業に移ってからは、より組織的な動きを学びました。最初はBtoBの営業として入り、成績が良かったことで営業リーダーを任され、最終的には部署内にマーケティング機能を立ち上げる役割を担いました。顧客データを分析し、システムを導入し、どのようにリード(見込み客)を獲得して売上に繋げるか。手探りで一からシステムを構築していったんです。
加藤: 営業の最前線から、戦略を立てる司令塔へ。その一連の経験が、今の金子さんの強みになっている。
金子: そうですね。一見バラバラに見えるこの3つの経験ですけど、今思うと繋がっていますね。もともと、働くことは好きだったんです。でも、最後の会社で働いているときに、惰性で働いている自分が辛かったんです。
加藤: 惰性ですか。
金子: ええ。安定した環境で、淡々と仕事をこなしていく。それも一つですが、生まれてくる子どもに「ただお金のために働く姿」を見せたくなかった。自分が心から楽しみ、イキイキと挑戦している背中を見せたい。その想いと、コロナ禍での移住のタイミングが重なったことが、益子に来るきっかけになりました。
加藤: 移住後、いよいよご自身のブランドを立ち上げられたわけですが、驚いたのはその戦略性です。普通、実店舗を構えようとする方は「まずお店を作って、看板を出せば誰か来るだろう」と考えがちですが、金子さんは全く違うアプローチを取られました。
金子: そうですね。ここは、人通りが全くない住宅地です。ポツンとお店を開いても、通りがかりの客さんは一人も来ません。だからオンラインショップからスタートしました。まずはSNSを使ってブランドの世界観を発信し、ファンを作り、「わざわざここを訪れる場所」を目指しました。
加藤: 資金的なリスクを最小限に抑えつつ、確実に需要を掘り起こした。非常に合理的な判断です。
金子: 手元にある資金も限られていましたから、資金集めのためにもオンラインからスタートしました。大手のアパレルメーカーが参入している市場では、個人は絶対に勝てない。だからこそ、個人だからできること。そこに私ならではのセンスを取り入れて唯一無二な市場を構築していきました。
加藤:
「好きだから作る」という趣味の領域を超えて、最初から「勝てる見込みのある戦場」を選んでいたのですね。
今の金子さんが創業当時の自分を振り返って、一番褒めてあげたい部分は、どんなところですか?
金子: そうですね。「覚悟」ですかね。絶対にやり抜くぞ、という覚悟。
加藤: 意外と根性論ですね!?
金子:
そうですよ!私はこの事業を、趣味の延長で終わらせたくなかったんです。SNSの更新も、お客様へのおもてなしも、驚かせる企画も、戦略も全て継続が大切です。
私は、移住をして、この素晴らしい場所に出会った。それをただの住居として遊ばせておくのは、あまりにも「もったいない」と感じていました。最初は、趣味で陶芸体験とか場所貸しとか出来るね~とか、家族で話していました。でも私には、起業するからには、会社員時代の収入を超えるという明確な目標がありました。それを達成する為には、私はどうすればいいのか、どうありたいのか。それを考え続けていました。
加藤: 収入目標を具体的に設定されていた。そこが、成功する起業家とそうでない方の大きな差かもしれません。
金子: はい。そうでないと、私にとっては起業する意味が無かったので。「覚悟」という言葉を何度も使いますが、私は退路を断っていました。最初の想いは、単純に「脱サラするぞ」です。この場所を最高のお店にするために、今自分にできる最善の策は何か。それを突き詰めた結果、オンラインでの露出と、そこからの実店舗への誘導という流れが必然的に決まったんです。
加藤: 現在、ブランドの売上の8〜9割はオンラインだと伺っています。そうなると、経営効率だけを考えれば「わざわざ維持費をかけて実店舗を開く必要はないのでは?」という意見もあるかと思います。金子さんにとって、この「リアルな場」の意義は何でしょうか。
金子: よくそう聞かれます(笑)。私にとって、この実店舗は「服を売るためだけの場所」ではないんです。ここは、信ぴょう性を高める空間です。
加藤: SNS時代ならではの視点ですね。
金子: はい。オンラインで服を売る際、最も重要なのは写真だと感じています。お店として空間を整えたことで、商品の魅力を伝える発信力が格段に上がりました。また、実店舗があることで、「この人とブランドは実在している」という安心感や信頼につながっていると思います。
加藤: 画面越しのやり取りに、実店舗という「実体」が深みを与えている。
金子: それに、月に数回のオープン日にお客様と直接お会いできることは、私自身をとても元気にしています。お客様が実際に服を手に取り、「可愛い!」と喜んでくださる声。何よりも頑張るエネルギーになります。
加藤:
現代における「店舗」の役割を再定義されていますね。デジタルを駆使しながらも、最後は「人」と「場」の温もりに回帰する。経験やスキルに不安がある起業志望者にとって、金子さんのこのハイブリッドな手法は、一つの完成されたモデルケースだと言えます。
そして何より、今までのご経験を全て栄養にして、この「nioki with AMKUPi」ブランドを育てているのだとよくわかりました。
金子: うーん、たしかに。業界は全然違うんですが、培ってきた経験は全部繋がっているんだと感じます。
加藤:
2025年9月に開催された1周年記念イベント「GREEN PICNIC FESTIVAL」、私も参加させていただきましたが、本当に素晴らしい盛り上がりでした。
あのお庭に子供たちの笑い声が響いていて。でも、あのイベント、準備期間は驚くほど短かったんですよね。
金子: (苦笑しながら)はい。飲食店が中々集まらず、加藤さんに相談に行ったのが開催のわずか1ヶ月前でした。「来月、1周年なんですけど、お声がけできそうなお店ありますか?」って。
加藤: 正直、私も驚きました。「えっ、今からですか?」と(笑)。でも、そこからの金子さんの動きは、まさに「アジャイル(機敏)」そのものでした。
金子: 7月、8月と家族との時間を優先して過ごしていたら、一週年のことをすっかり忘れていて。ふとカレンダーを見て「あ、来月だ!」と気づいてしまって。せっかくなら土日の両日開催にしたい。でも、週末を完全に仕事で埋めてしまうのは、移住して家族との時間を大切にすると決めた当初の目的と矛盾する……。そう悩んだ時に出た答えが、「家族が楽しめる内容にしよう。家族も、友達も、地域の子供たちも、全員が主役になれるイベントにすればいいんだ!」ということでした。
加藤: 「家族を犠牲にする」のではなく、「家族が楽しむ」、をイベントの柱にする。
金子: はい。夫にも説明して協力してくれました。ある程度企画を練ってみた段階で、加藤さんにご相談に行ったんですね。それで、色々と具体的なアドバイスも頂けたので。そこからは急ピッチで、(開催まで)行きましたね。
加藤:
あははは!その行動力が何よりも凄いなあと感心します。
そして今よくわかったのは、一番身近な方を喜ばせたい!という所から企画がスタートして、可能な範囲で広げて、着地させた。そういうプロジェクトの考え方をしていたのですね。
金子: そうですね。どんな事業も、私の根本にあるのはいつも、子どもたちの眼をまっすぐ見ながら、自分が楽しんでいる姿を見せて生きたい、というのがあります。周年イベントも、根幹は一緒なんです。
加藤: 当日を思い返しても、ご紹介した事業者さんだけでなく、一緒に創業セミナーを受講した仲間たちが働いていたりして。居心地の良い、暖かい空気が流れていました。実際にやってみて、どうでしたか?
金子: 楽しかったですよ!当日は、ヘアアレンジやスワッグワークショップをしたり、ライブパフォーマンスに、駄菓子屋さん、輪投げなど。大人はコーヒーやビール片手にのんびりくつろいで、子どもたちは元気に走り回っていましたね。
加藤: 終わった後の、お子さんたちの反応はどうでしたか?
金子:
本当に楽しそうでした!幼稚園にお迎えに行くと、参加してくれたお友達たちが駆け寄ってきて、「昨日は超楽しかった!
また来週もやるの?」って、目をキラキラさせて聞いてくるんです(笑)。
イベントが終わった後も、楽しさを語ってくれるって本当に嬉しいことですよね。
子供時代の嬉しかったことって、ずっと覚えていると思うんです。このGREEN PICNIC FESTIVALが誰かの心の豊かさに繋がっているって考えると、とっても嬉しいです。
加藤: 「働くことは、楽しいこと」。そのメッセージが、言葉ではなく、金子さんの背中と、あの空間を通じて次世代に伝わった。起業家として、そして親として、これほど幸せなことはありませんね。ところで、2周年祭はやるんですか?
金子: やります!もう少し余裕を持って、企画しようと思います(笑)
加藤:
さて、最後になりますが、これからの展望について伺わせてください。
生まれは宇都宮。一度都内に出られて、輝かしくも厳しい世界を体験されて、生まれた栃木県に戻ってこられた。そんな金子さんから見て、益子町はどのように映っていますか?
金子: 益子町は、統計上では「消滅可能性都市」という厳しいレッテルを貼られているそうですね。でも正直、その「消滅」という言葉には違和感しかありません。実際にここで暮らしていると、私の周り、幼稚園の仲間だけでも首都圏から移住してくる若いご家族がどんどん増えています。何より、益子には「新しいチャレンジを受け入れる、ウェルカムな雰囲気」があると感じています。陶芸の町として培われた、多様性を受け入れる寛容さというか。
加藤:
確かに、益子には「外から来た人」を排除せず、むしろ面白がる文化がありますね。
金子: はい。だから、私はこの町をもっと「人が人を呼ぶ循環」が生まれる場所にしたいんです。
金子: はい。だから、私はこの町をもっと「人が人を呼ぶ循環」が生まれる場所にしたいんです。
加藤: お洋服という枠を超えて、地域全体の「体験価値」を高める方向へ。
金子: ここを拠点に、首都圏や全国に向けて発信し続ける。一人の小さな挑戦でも、それが点から線になり、やがて広がっていったらいいな、と思っています。
加藤: 金子さんのその圧倒的な熱量と、冷静な戦略眼、何よりも行動力があれば、それはきっと実現していくでしょう。これからも全力で応援させていただきます。ありがとうございました。
金子: こちらこそ、ありがとうございました。これからも楽しんで、走り続けたいと思います!
